※このSSは「シスタープリンセス」のパロディーです。「電撃G'sマガジン」か、「シスタープリンセス」のゲームをプレイされていないと意味不明だと思います。
痛み…
レッスン室の中で、僕は指をピアノの鍵盤の上で一心不乱に動かしていた。
曲は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
とっても難しいけど、最近はなんとか弾けるようになってきたんだ。
「うんうん。上手くなったわね、綾小路君」
ずっとピアノの横で聴いていた先生が、メトロノームのネジをキリキリと巻上げながら褒めてくれた。
「指はかなり回るようになったわね」
「ありがとうございます」
「速いテンポでも、ほぼ問題なく弾けるようになったし。ただ……」
「ただ?」
先生はちょっと言いよどんでいる。
「うーん……なんて言うかな、なんか表面的なのよね」
表面的?
どういうことだろ。
指は間違えてないし、強弱記号だって楽譜どおりにつけてるのに……
「そうねえ……音楽は単に楽譜を追っていくだけではダメって事よ」
先生はゆっくりと話を続けた。
「楽譜をそのまま音にしてるだけだと、聴いている人は必ずつまんなく感じちゃうわ。音楽には『歌う心』が必要なのよ」
「……『歌う心』?」
「そう、『歌う心』 そして、その歌の深さには、その人がどれだけ壁を乗り越えて心を深くしていったかが大事なの。特にラフマニノフではね」
心を深くする? ……ってどういうことだろう……
「あらっ、ごめんなさい。ちょっと難しい話だったかな?」
先生は、楽譜をパタンと閉じて立ち上がった。
「ふふっ、綾小路君も大きくなればきっとわかるようになるわよ。じゃあ、今日はここまでにしましょう。」
……どういう意味なのかな
僕にはよくわからなかった。
次の日、僕は練習室で練習していた。
昨日、先生に言われたとおりにしようとしてるんだけど……
うーん……どこがいけないのかなぁ……
「綾小路君」
「ん?」
手を止めて振り返ると、そこには同じ教室で一緒に習っている二人の女の子がいた。
僕に声をかけたのが可憐ちゃん。
その後ろでもじもじしてるのがゆかりちゃんだ。
「えっとね。ゆかりちゃんが、パッヘルベルでちょっとわからないところがあるんだって。綾小路君ならきっとわかると思ってききに来たの。ねっ、ゆかりちゃん」
「う、うん……」
可憐ちゃんはゆかりちゃんの手を引っ張って、僕の前にゆかりちゃんを押し出す。
「え、えーと、ここの弾き方がよくわからないの……」
そう言って、ゆかりちゃんはおずおずと僕の前に楽譜を差し出す。
あー、この場所か……
たしかにちょっと難しいところだ。
「じゃあね、僕がまず弾いてみるから、ちょっと見ててね」
僕はピアノに向かって座りなおし、ふと横を向く。
僕の方を真剣に見ているゆかりちゃんの後ろに僕たちの方を面白そうに見ている可憐ちゃんがいる。
「可憐ちゃん」
「えっ? なに?」
「もしかして、可憐ちゃんも同じところで詰ってるんじゃないの?」
「えへへ。やっぱりわかっちゃった?」
「みんな引っ掛かるところだから、たぶんそうじゃないかと思ったんだ」
「でもね、今はゆかりちゃんが綾小路君に教えてもらってるんだから、可憐は後でゆかりちゃんに聞こうと思ってたの」
「一人も二人も一緒だよ。ついでに、可憐ちゃんも見ていったら?」
「じゃあ、お願いするね」
可憐ちゃんは、僕の椅子の後ろに回って手許を覗き込んだ。
「いいかい? よーく見ててね」
僕はゆっくりと弾いた。
「ほらっ、こう弾けばいいんだよ」
「あっ……そうか……」
ゆかりちゃんは熱心に頷いている。
「ねっ、ねっ、綾小路君。じゃあ、この部分はどう弾くの?」
可憐ちゃんは、楽譜の別のページを開いて僕に見せた。
「えーと…どれどれ、ああ、これね。これはこうやってペダルで繋げながら……」
結局、その日は最後までゆかりちゃんと可憐ちゃんに教えていたので、自分の練習はできなかった。
でも、楽しかったから良かったかな?
それからというもの、ゆかりちゃんと可憐ちゃんは僕のところによく弾き方を聞きに来るようになった。
二人が僕のところに来てからは、他の女の子も聞きに来るようになったけど、よく来るのはやっぱりゆかりちゃんと可憐ちゃんだ。
いつも恥かしそうにしているゆかりちゃんと明るい可憐ちゃん。
二人に教えたり、一緒に弾いてみたり、たしかにその間は自分の練習ができなかったけど、教えてるうちに意外なところに気がついたりすることもあった。
たまに、教えてるはずが、いつのまにかおしゃべりになったりすることもあったけど、それも楽しかった。
そして一週間後、僕はいつも通り先生の前でピアノを弾いていた。
「うん。じゃあ、今日はここまでね」
「先生ありがとうございます」
「でも、綾小路君。以前にくらべると遥かに良くなってきたわね」
「え? そうですか」
「そうねえ……音楽が生き生きとしているわね。昔みたいに、単に楽譜の音をそのまま鳴らしているだけじゃなくなってきたわ」
…どこか変わったかな?
僕には前と同じように聞こえるんだけど……
不思議そうにしている僕の顔を見て、先生はニヤッと笑った。
「はは〜ん。さては最近何かいいことあったでしょう」
え!? いいことって?
うーん……最近起こった事というと……
「えーと……同じ教室のゆかりちゃんや可憐ちゃんたちに教えてあげるようになったくらいしか……」
「ふふふ、な〜るほどねえ。ゆかりちゃんや可憐ちゃんたちと仲がいいんだ。 綾小路君もなかなか隅に置けないわねー」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「まあまあ、なんにせよ、仲がいいっていうのは良いことじゃない」
「……それはそうですけど」
別に僕とゆかりちゃんと可憐ちゃんは友達ってだけなのに……
次の日、僕は練習室で昨日先生に注意されたところのおさらいをしていた。
……………
……………
『ゆかりちゃんや可憐ちゃんたちと仲がいいんだ』
……………
昨日、先生の言った言葉が急に頭をかすめる。
……仲がいい……
ブンブンブン
僕は左右に首を振った。
……先生ったら、僕をからかって…
友達なんだから仲が良くっても当たり前じゃないか……
スッ…………
そのとき、視界の端を誰かが横切った。
あれっ? 可憐ちゃんだ。
「あっ、かれ……っっ!!」
僕は声をかけようとして言葉に詰る。
可憐ちゃんは今まで見た事がないような飛び切りの笑顔を見せていた。
周りが明るくなるような輝きに溢れている。
でも、それは僕に向けられたものではなかった。
「お兄ちゃん。だ〜い好きっ!!」
可憐ちゃんの視線の先にいたのは、彼女のお兄さんだった。
この練習室によく可憐ちゃんを迎えに来るので、顔は知っていた。
……………
そっか……可憐ちゃんはお兄さんが好きなんだ……
………
………
………
チクッ………
………
僕の胸で何かが痛んだような気がした………
………
……
…
次の日、僕はなんとなく気分が乗らないまま練習していた。
ピアノに集中しようとしても、どうしても昨日可憐ちゃんがお兄さんに向けていた笑顔を思い出してしまう。
……別に、可憐ちゃんがお兄さんのことが好きでも僕には関係ないんだ……
だって僕達は友達なんだから、別に可憐ちゃんが誰を好きになろうと……
そのとき、ふと視界の隅に可憐ちゃんとゆかりちゃんが話している姿が入った。
会話が断片的に聞こえてくる。
「……お兄ちゃん……」
僕の、ピアノを弾く手がピタッと止まる。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……可憐のあたまをなでなでしてくれることもあるんだから……」
昨日の笑顔だった。
相手を信じている純粋な瞳が見つめる先……
それは、僕じゃない。
この場にはいないお兄さんなんだ……
そう考えた瞬間、胸を何かで突き刺されたような痛みが僕を襲った。
僕は無意識のうちに立ち上がり、二人に近づく。
まるで、僕が僕じゃないみたいだった。
二人が近づく僕に気がついてこっちを振り向いた。
わかっていた……
僕がそんなことを言ったって可憐ちゃんの笑顔を僕の方に向けることができるわけじゃないってわかっていた……
……でも、一度口をついた言葉は止めることができなかった……
「……ふ、ふーん。可憐ちゃんは、そんなにお兄ちゃんが好きなんだ……で、でもさ、いくら好きだって、兄妹なんだろ? 兄妹はしょせん……け、結婚とか、で、できないんだぞっ! その点……ボボボ、僕なんか、可憐ちゃんが大きくなったら……うんとかっこよくなってスマートになって、可憐ちゃんをむ、むかえに…………」
パアァァーーン………
初めは何が起こったのかわからなかった。
ただただビックリしただけで。
でも、ジワッと頬が熱くなって来てわかった。
可憐ちゃんに叩かれたんだ……
「兄妹だって……兄妹だって……可憐はお兄ちゃんのことが一番……世界で一番大好きなんだからぁっ! ……うわぁーーん!!」
泣きながら走っていく可憐ちゃん。
僕にできたのは、呆然とそれを見送ることだけだった。
僕はなんてバカなことをしたんだろう。
あんなことを言って何になるんだろう。
僕は家に帰って、
激しく泣いた。
そして僕はやっと気がついた。
……僕は可憐ちゃんのことが本当に好きだったんだ。
でももう遅かった。
全ては終ってしまった後だった。
……何日か後、僕はまたピアノのレッスンを受けていた。
「うーん……じゃあ、今日はここまでにしましょう」
「…ありがとうございます。先生」
「綾小路君」
先生はクルッと僕の方を振り向いた。
「元気がないわね」
えっ!
僕は驚いて顔を上げた。
「なんだか音に張りがないし、ミスタッチも多いじゃない」
「…………」
もちろん理由はわかっている。
それだけ、あの出来事はショックだったんだ。
先生は、もう一度椅子に座りなおして、ゆっくりと僕に向かって話し始めた。
「あのね。ラフマニノフという人は、繊細……ううん、言い過ぎかもしれないけど、傷つきやすい人だったの」
「傷つきやすい人……」
「ある事件をきっかけに深刻なノイローゼになって全く曲が書けないくらいになってしまったこともあったわ。でも…」
「でも?」
「でも、いろんな人の助けでラフマニノフは心の痛みを乗り越える事ができた…… そして、立ち直ってからの初めての作品が、今練習しているピアノ協奏曲第2番だったのよ」
この曲が……
「だからね。ラフマニノフは心の痛みを知って初めて演奏できるのよ」
そう言って、先生は優しく笑った。
僕は、指を鍵盤の上に滑らした。
よく知っていたはずの曲が、まるで違う表情を見せていた。
……今はまだだめだけど
……いつかきっとこの痛みを乗り越えられる。
僕は確信した。
〜おわり〜
- あとがき
-
すぐにお気づきになった方もいらっしゃると思いますが、このSSは可憐のキャラクターコレクションの第1話を綾小路君サイドから書いたものです。
そもそもこの話を書こうと思ったきっかけは、キャラクターコレクションが発売されたとき、綾小路君の評判が良くなかったので、何とか救済したかったからでした。
その時点から書き始めていますから、製作期間半年以上の超大作……の割には短いですね。どうやら単に時間ばっかりかかっていただけのようです(笑)
いかんですね。遅筆ここに極まれりといった感じです(2001/9/6)
※文中の綾小路君と可憐のセリフにはキャラクターコレクションからの引用があります。またその一部を文体に合せて変更しておりますのでご諒承ください。
2001年9月15日発表