| 指揮 | ウィレム・メンゲルベルク |
| 演奏 | アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
| 録音 | 1926年5月 |
| 発売及び CD番号 | Pearl(GEMM CDS 9070) 東芝EMI(TOCE-8191〜99) |
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わたしの知ってる限り、メンゲルベルクは「コリオラン」序曲の録音を3種類残しています。 (1)1922年 ニューヨーク・フィル(Victor) (2)1926年 コンセルトヘボウ管(Columbia)(※当録音です) (3)1931年 コンセルトヘボウ管(Columbia) 以上、3点とも全てスタジオ録音で、ライブ録音はありません。 ……もちろん、今後どこかで見つかる可能性もありますが… この3種類の録音、当然のことながら、後年の録音になればなるほど飛躍的に音は良くなっています。 (1)の録音は機械録音で、(2)以降は電気録音になりますので、(1)と(2)の差が非常に大きいのは当たり前なのですが、(2)と(3)の間でも、その違いはハッキリわかります。 では、なぜ今回(3)ではなく、古いほうの(2)を取り上げるかといいますと、(2)の演奏は、(1)と(3)の双方の演奏の良い点がうまく合わさっているからです。 (1)の演奏は若い頃の演奏だけあって、音楽が前に進んでいく力が強く、キレがいい勢いのある演奏です。 (3)の演奏は、メンゲルベルクの晩年の演奏の特徴が既に出ていて、メロディーの扱いが柔らかくなると共に、音楽におおきな伸び縮みが表れ始めています。 とはいっても、この3種類の録音、(1)と(3)を比べても10年も離れていません。 最後の(3)の録音にしても、メンゲルベルクはまだ60歳。ベートーヴェンの曲という点を考慮しても、晩年のような感情に直接訴えかけてくるようなロマンティックな演奏とはかけ離れています。 そう考えると、割と近い時期の録音にしては、スタイルが変化した方だと思います。 しかし、一般的に曲のタイムは、指揮者の晩年の録音ほど長くなることが多いのですが、この曲に関しては、一番若いときの(1)の録音が一番時間がかかっており、(2)が一番短くなっています。 時間だけ見ると、(1)が一番テンポ感が良く、キレがある演奏とはとても思えませんね(笑) さて、話を(2)の当録音に戻します。 この録音は、録音こそ(3)に負けるものの、メロディーの扱いの柔らかさと、キレのいいテンポ感の両方を兼ね備えています。 比較的良好な録音により、伴奏部の動きに至るまで、丁寧に歌われていることがわかりますし、テンポの伸び縮みやタメをほとんど行わないため、音楽が真っ直ぐ前に進んで行き、トスカニーニ近い、鋼製の迫力があります。 ただ、古い録音ということもあり、「コリオラン」序曲という曲が持つ悲劇性はあまり感じられません。 どちらかというと、曲自体の構造的な美しさを感じさせる演奏です。 最後に静かに終わる部分を割とあっさりと流してしまう点からも、感情的な面に訴えかける演奏ではないことがわかります。 この演奏は、わたしの知ってる限りでは、2種類CDが出ています。 一つが当CDのPearlのもので、もう一種類は、東芝EMIの国内盤で「メンゲルベルクの芸術」というシリーズ(TOCE-8191〜99)に含まれています。 Pearlと東芝EMIでは、音質にそれほど大きな差があるわけではありませんが、わたしが使用しているCDプレーヤーでは、Pearlの方が若干鮮明に聞こえるので、Pearlの方を取り上げました。(2001/3/30) |