指揮 | ウィレム・メンゲルベルク |
独唱 | ソプラノ:ジョー・ヴィンセント アルト:イローナ・ドゥリゴ バリトン:ヘルマン・シャイ |
演奏 | アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 アムステルダム・トーンクンスト合唱団 ツァンクルスト少年合唱団 |
録音 | 1936年4月5日 |
発売及び CD番号 | AUDIOPHILE(APL 101.546) ARCHIVE DOCUMENTS(ADCD.109) |
今回は、いよいよマタイ受難曲を取り上げます。 メンゲルベルクのマタイというと、当然いろんな意味で有名な、別の言い方をすれば賛否両論の、あの演奏を思い浮かべられたことと思いますが、残念ながら今回のはその演奏ではありません。 有名な方は1939年の演奏ですが、こちらはそれよりも丸3年前の1936年、おそらく同じく復活祭でのライブの演奏です。 1939年のについては、まあ、お楽しみは後でということで(笑) さて、その36年の演奏ですが、残念ながら全曲ではありません。 たった6曲だけの抜粋です。 ちなみに、曲目は以下の通りです。 1.合唱:「O Mensch, bewein dein Sünde gross(人よ、汝の大いなる罪を悲しめ)」(第1部終曲) 2.叙唱:「Erbarm es Gott(神よ、憐れみたまえ)」(イエスの身柄がピラトの法廷から民衆に引き渡された直後のレチタティーヴォです) 3.コラール:「O Haupt voll Blut und Wunden(血と傷にまみれた御頭よ)」(ユダヤ人がイエスを叩いた後の、もっとも有名なコラールです) 4.コラール:「Wenn Ich einmal soll scheiden(いつの日かわたしが去るとき)」(イエスが死んだ直後の静かなコラールです。メロディーは3.と同じ) 5.叙唱と合唱:「Nun ist der Herr zur Ruh gebracht(今や主は安らかに眠れり)」(終曲の一つ前の、ソリスト→合唱→ソリスト→合唱……の順に、イエスへの別れを告げる曲です) 6.合唱:「Wir setzen uns mit Tränen nieder(われらは涙を流してうずくまり)」(全ての終曲です) まあ、曲目としては以上なのですが、内容について以前に、まずご注意頂きたい点があります。 それは……とにかく、むちゃくちゃ音が悪いのです。 初期の機械録音を別とすれば、ただでさえよくないメンゲルベルクの録音の中でも、5本指に入ろうかという悪さです。 楽音よりも多い雑音。しかもカーテン3枚越しに聴いているみたいに不鮮明で篭っています。 歌なんて、ソロが辛うじて言葉が聞き取れる程度で、合唱は全くサッパリ何を言っているのか分からず、ほとんど唸っているだけのようです。 いくらなんでも聞き取りやすい『血と傷にまみれた御頭よ』のコラールぐらいはわかりそうなものですが、それでさえ全く意味のある言葉に聞こえません。 終曲なんて、ほとんど合唱か伴奏かの二択になっていて、合唱が歌っている間は、アカペラの曲だったかと思うくらい伴奏のオーケストラは聞こえず、間奏になって思い出したように楽器の音が聞こえてくるといったぐらいです。 この演奏を聴いた後だと、39年のマタイですら、「おおっ、こんな細かい部分まで聞こえて響きにも広がりがあるとは、なんと鮮明な録音なんだ」と感激できます(笑) とりあえず、今までにマタイのマトモな録音を聞いたことがあり、2割の音だけで、残りの8割を想像力で補える自信がある方以外には、間違ってもお薦めできるシロモノではありません。ええ。 さて、では実際の演奏の方はどうかと言いますと、実は39年のマタイ以上に凄いことになっています。この演奏を聴いた後で39年のマタイを聞いた時には「あ、なんかスッキリした演奏だ」と思ってしまったぐらいですから(笑) なにしろ、さらに激しくテンポの伸び縮みがあり、第1部終曲の合唱なんかは、途中で音階に沿って上がって降りてくるメロディーでは、あまりにもゆっくりで一つ一つの音に力を込めているため、音階に聞こえず、それぞれの音が何のつながりもなく完全に独立して聞こえるほどです。 演奏の進め方もかなり強引で、引っ張りに引っ張って頂点まで持ってきたり、そうかと思うとメロディーの最後ではひたすらゆっくりにしているため、そのまま衰弱死しそうな勢いです。 その一方で、二つのコラールは目を見張りました。 途中までひたすら忍の一字で感情を抑えて静かに耐え、後半の盛り上がる部分も、急激に感情を爆発させるのではなく、力を合わせて重いものを持ち上げるみたいに、感情がゆっくりと大きく高まっていきます。しかし、感情が完全に解放されるかと思った瞬間に力尽き、絶望感を後に残してまたゆっくりと沈んでいきます。 この流れは、録音が悪いこともその効果に一役買っているとはいえ、力及ばずといった健気な雰囲気で、これがまた曲に合い、かなり心を動かされました。 全体的に見ても、いろいろ捨てがたい点が多い演奏なのですが、とにかくこうも録音が悪くては。 メンゲルベルクのマタイが好きな方でも、よほどの覚悟を決めてから聴かれますようお願いいたします。(2004/7/31) |