| 指揮 | ネヴィル・マリナー |
| 出演 | ソプラノ:エリー・アメリング アルト:アンナ・レイノルズ テナー :フィリップ・ラングリッジ バス :グウィン・ハウエル トランペット:ジョン・ウィルブラハム チェロ:ケネス・ヒース チェンバロ:ニコラス・クレーマー オルガン:クリストファー・ホグウッド |
| 演奏 | アカデミー室内管弦楽団 アカデミー室内合唱団 |
| 録音 | 1976年1・7月 |
| 発売 | DECCA |
| CD番号 | 421 234-2 |
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聴いていると、楽しい気分になってくる演奏です。 当然、明るい演奏なのですが、だからといって、単純に脳天気で何も考えていないような底抜けの明るさとは違います。 もっと溌剌とした、積極的な意志が感じられる明るさで、将来が希望に満ちているような若若しさがあります。 特に、長調の曲はその雰囲気がよく出ていて、速いテンポの曲では、萌え出す緑のような躍動感があり、聴いているだけで、「よしっ! 明日も頑張るぞ!」とか「問題があっても、なんとか解決できるさ!」といった、積極的な気分になってきます。 また、ゆったりとした曲では、明るく安らかな晩秋の小春日和のような雰囲気に包まれ、「今日も一日良いことがあったなぁ」としみじみ振り返るような、幸福感が感じられます。 ただ、その一方で、短調の曲の場合は、演奏のベースが明るいだけに深刻さがあまり出ず、さりとて、短調の曲なだけに明るいとまでは行ききれず、どっちつかずになってしまったように思われました。 個々の部分では、印象に残った点が二箇所ほどあります。 一つ目が、第20曲の『He shall feel his flock』で、これはアルトのソロ(一般的な演奏ではアルトとソプラノが順番に歌う)で、Pifa(田園交響曲)のメロディーに乗せて歌われるアリアです。 このバックの伴奏が素晴らしいのです。 おそらく弱音器(ミュート)をつけていると思われる弦楽合奏なのですが、これがひたすら静かで美しいのです。 まるで、森の中の湖の波一つ立っていない湖面といった感じで、柔らかく滑らかで、それでいて近寄り難い静けさがあります。 その、起伏を全て飲み込んでしまったかのように穏やかさは、なんとなくルーブルの「モナリザ」を連想させます。 もう一箇所が、第26曲の『All we like sheep』で、これは速いテンポの合唱なのですが、ここでのポイントはバックのオルガンです。 このオルガンは、伴奏の中では目立つ方ではなく、それどころかオーケストラの背後で遠慮がちに聞こえるだけなのですが、たまに聞こえるちょっとした音型が可愛いのです。 音色からしてキラキラと澄んだ音で、それが流れるように下に滑ってくる短い音型は、涼しげで、小さくて、珠を転がしたような可憐さに満ち溢れています。 この魅力には参りました。 さて、メサイアの場合、楽譜にこれといった決定稿がないため、どうしても版の問題を避けるわけにはいきません。 この演奏は、1743年にロンドンで演奏された版を使用しているという事なのですが、たしかに他の演奏と異なる部分もあちこちに見られます。 第18曲の『Rejoice greatly,O daughter of Zion』(ソプラノアリア)が12/8拍子だったり(一般的には4/4拍子)、第38曲の『How beautiful are the feet』(通常ソプラノアリア)がソプラノとアルトのデュエットだったりするのは、他にも同じ事をやっている演奏がいくつかあるのでそう珍しくはないのかもしれません。 しかし、第14曲の『And lo the Angel of the Lord came among them』(田園交響曲のすぐ後のソプラノソロ)が全く別のメロディーになっているのは、他にはコープマンとマクゲガンの異稿(このCDは変っていて、通常の演奏の他に様々な異稿も合わせて収録してあります)ぐらいでしか知りませんし、第6曲の『But who may abide』(通常はアルトアリア)をバスで、しかも中間部のプレスティッシモの部分が無いというバージョンは、マクゲガンの異稿で聴いた事があるだけですし、さらに、第3曲の『Every valley shall be exalted』(テナーアリア)の前奏のヴァイオリンのトリルを「いつもより多く回しております!」とばかりに、通常の倍の回数ほど繰り返したりといった演奏は、他には今まで一度も聴いた事がありません。 ただ、マリナーは常にこの版を使っていたわけでもないようです。 マリナーは、この1976年の録音の他に、わたしの知っているだけで、1960年代にシュトゥットガルト放送響と、1992年にアカデミー室内管との計三種類の録音があり、そのうち、最も古いシュトゥットガルト放送響との録音は未聴ですが、わたしが持っている1992年のライブ録音の方は、もっと一般的に使われる版を使っています。 ここからは、完全に余談になるのですが、実はわたし、このCDを2セット持っています。 もちろん、間違えて2セット買ってしまったのではありません。 1セットあれば十分の筈……だったのですが。 話は1セット目を買った時に遡ります。 このCDは某中古CD屋で購入したのですが、盤面は極めて良質で特に問題は無さそうに思えました。 家に帰り、早速Disk1をCDプレイヤーにセットし、聴き慣れた序曲が流れてくるのを今か今かと待ち構えました。 すると……たしかに流れて来たのは知った曲ではありましたが、メサイアの重厚な序曲とは似ても似つかぬ軽やかな3拍子の曲。 こ、これは、『乾杯の歌(by 椿姫)』!? いくら椿姫を見た事が無いわたしでも、この有名な曲ぐらいはさすがに知っています。 乾杯の歌が入っていた最初のトラック以外も、全編アリアやその類が入っています。 椿姫を知らないわたしには、それが椿姫の抜粋なのか、それとも単なる雑多なアリア集なのかはわかりませんが、少なくともメサイアではない事ぐらいはわかります。 もしかしたら、中古CD店で買ったCDだけに、売る時に中のCDが他のセットのCDと入れ違ったかと思い、プレイヤーからCDを取りだして表面をしげしげと見なおしてみましたが、表面にはしっかりと「MESSIAH」とプリントしてあります。 うーむ……どうやら工場でのプレスミスのようです。 この時点で、メーカーに連絡するか、もしくは直接責任はありませんが購入した中古CD屋に掛け合えば、交換か返金には応じてくれたと思います。 ただ、まあエラーコインみたいなもので、話の良いネタかとも思い(実際、今ネタにしています(笑))、手許に置いておくことにして、とりあえず、まともにメサイアが入っていたDisk2の方を聴いてみる事にしました。 実は、交換しなかった理由の一つに、わたしがマリナーをあまり高く買っていなかったので、交換してまで聴くほどではないかと思ったのもあったのですが、2枚目だけ聴いてみると、これが予想以上に良い演奏だったのです(すなわちこの感想を書いている演奏です)。 そうすると、やはり1枚目が聴いてみたい。しかし、今更交換するのもなんだし…… そう葛藤していたある日、その1セット目を買った中古CD屋でふらふらと見ていると、棚に見覚えのある忌まわしきジャケットのメサイアが置いてあるのを見つけました。 そう、マリナー:アカデミー室内管のCDです。 わたしが、以前に買ったものと、全く同じデザインのジャケットです。 いや、ほんの一箇所だけ違いがありました。 レーベルロゴです。 以前買ったものは、LONDONでしたが、今回のはDECCAです。 ジャケットのデザイン上は、本当にわずかな違いでしかないのですが、わたしにとっては大きな違いです。 大元の音源は同じでも、レーベルが異なるということは、工場が別の国という事です。 もし、1枚目の中味が違ったミスが、本当に工場のミスによるものならば、DECCAの方はまともである可能性が高くなります。 でも、これで万が一DECCAの方もLONDONと同じミスがあったなら……そんなCDを2セットも買うわたしは、単なる大間抜けです。 買おうか、買うまいか随分悩みました。 いくらわたしでも、そこまで大間抜けなことはしたくありません。 そこで、わたしは恥を忍んで、 「すみません。このCD、本当に書いてある通りのメサイアが入っているかどうか、冒頭だけで良いですから聴かせてもらえませんか」 と、レジでお願いして、間違い無くDisk1もメサイアである事を確認してから、安心して購入したのです。 店員さんも、今まで、盤面の確認や、傷による音跳びの確認をしたお客さんはいたと思いますが、こんな突拍子も無い……というか、わざわざ確認するまでもない事を確認するのはあからさまに不自然で、思いっきり不審な客に見えてしまったようです。 こうして、わたしはやっとまともなメサイアを手に入れる事が出来たのです。 ………2セット分ではありますが(笑)(2003/4/26) |