| 指揮 | ジョン・エリオット・ガーディナー |
| 出演 | ソプラノ(ガブリエル):シルヴィア・マクネアー テナー(ウリエル):ミヒャエル・シャーデ バス(ラファエル):ジェラルド・フィンレイ ソプラノ(エヴァ):ドナ・ブラウン バリトン(アダム):ロドニー・ジルフリー コントラルト(終曲):キャロライン・ストーマー |
| 演奏 | イングリッシュ・バロック・ソロイスツ モンテヴェルディ合唱団 |
| 録音 | 1995年2月 |
| 発売 | ARCHIV |
| CD番号 | 449 217-2 |
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ガーディナーという指揮者は、メサイアの演奏の時も感じたのですが、こういう祝祭的な曲を演奏すると、本当に生き生きとした音楽を作り出しますね。明るく楽しく、しかもパリッと見栄えがします。 これが、バッハの受難曲辺りでは、わたしもそれほど詳しく聴き込んだわけでもないのですが、妙に生気に乏しい感じがして、オヤ?と思った覚えがあります。 ところが、メサイアやこの天地創造といった曲になると、まるで水を得た魚のように、要所要所をピタリと押さえた、痒いところに手が届く演奏になるから不思議なものです。 特に力強い曲の盛り上げ方は、目を見張りました。 いきなり最後に飛びますが、終曲(第32曲)の「すべての声よ、主にむかいて歌え」が一番良い例です。 終曲だけあって、冒頭から輝かしい音色で力強さも十分にみなぎっています。しかも前半の遅いテンポ(Andante)の部分は、じっくりと演奏して重々しさを保ち、中間の速いテンポ(Allegro)の部分からは、それに勢いが加わり、曲の終わりに向かってまっすぐ突き進んでいきます。 その力強さだけでも、終曲にふさわしいものですが、驚いたのは、さらに終盤の残り15小節を切った辺りからです。ここは、それまで四分音符やそれより短い音符で細かく動いていた合唱が、急に4小節近く全音符で音を長く伸ばすところなのですが、ここでかかるクレッシェンドがもう身を乗り出さずにはいられないほどなのです。 この部分は、楽譜を見る限りは特にクレッシェンドなどの指定は無く、強弱についても、始まりも終わりもff(フォルティシモ)ですから、本来は変化は無いはずで、強いてあげれば、各小節の1拍目と3拍目にfz(フォルツァンド)がついているので、そこを強調するぐらいでしょう。しかし、この演奏はそこをクレッシェンドして盛り上げて行きます。 実際、楽譜上は指定が無くても、ガーディナーと同じようにそこでクレッシェンドしている演奏は他にもあります。わたしの手元にある演奏の中のでは、むしろやっている方が多いぐらいです。ただ、それらの演奏と、ガーディナーの演奏の決定的に違うところは、クレッシェンドして行き着く点にあります。 演奏によって編成の違いはあれど、その演奏の最大のフォルテは、ずっと31曲聴いてきたわけですから、終曲ともなると、だいたい予測できるようになります。 ところが、ガーディナーの演奏では、その予測を大きく突き破って行くのです。つまり最後の最後でそれまでにないクライマックスを持って来ているのです。 予測を破られ呆然としているところへ、ティンパニーがやはり今までに無い力強さで連打を叩き込み、インパクトが薄れないうちにサッと曲が終わります。 いやもう、演奏の持って行き方の上手さに感心しました。 全曲で1時間半を超える長い曲ですが、この終曲だけでも十分に元が取れたと思ったほどです。 もちろん終曲以外も素晴らしく、テンポの良さや和音を厚みを持たせて聞かせる絶妙なバランスなど、挙げて行けばキリがありませんが、もう1点だけ挙げるとすれば、音の張りです。 例えば第10曲(CDでは第11曲)「弦の調べをあわせよ」などの力強い合唱は、フォルテですから当然力が入っています。しかし、決して力任せではないのです。 ドームの天井のように、音が張力高く張ることで、強度が高くそれでいて響きが濁らず風の通しの良い音になっています。 空高くアーチを描くようで、聴いていて気分が高揚してくるというか、心地よい緊張感が感じられます。(2011/4/30) |